福岡市中央区舞鶴の一般内科、肝臓・消化器の専門クリニック

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肝臓・消化器専門のクリニック紹介
肝臓・消化器専門医 中村東樹
肝機能の異常を指摘された時
各種健康診断、肝炎ウイルス検査実施
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肝臓・消化器専門 なかむら内科クリニック
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 【書評】


 『僕たちが病気になったとき いったい何を思い 何を考えたのだろう』
                     著者:福岡市医師会成人病センター 副院長
                                          三村 和郎
                                     株式会社フラウ発行
 ←[MIMURA STYLE]

 成人病センター副院長の三村先生(以下Dr三村)から上記著書を送っていただいたのは、あわただしく過ぎ去ったゴールデンウイークの余韻も残る5月初旬だった。やや重いタイトルをみて2日ばかり書斎の机に積読していたのだが、やはり気になって読んでみた。その内容はタイトルよりも数倍重いもので、Dr三村の思いが著書の隅から隅までギューとコンデンスされていた。王冠をイメージしたロゴマークひとつとっても、人と人が手をつないでいる姿は、患者と医療スタッフが手を取り合っている姿をイメージした「MIMURA STYLE」なのだそうだ。そのいわれを読み飛ばすわけにはいかない。なるほどこれが彼のスタイルなのだなと確認させられて次にすすむのである。フムフムとうなずきながら、結局一晩で一気呵成に読んでしまった。書評を書いてみたいという気持ちにさせるくらいだから、その内容のすばらしさはいうまでもないであろう。
 本書に記載された内容は非常に多岐にわたっている。2009年1月Dr三村は悪性リンパ腫と診断された。私が医者になったころ、この病気の予後はせいぜい2年程度という大病である。その発病直前に東京マラソンの大会本部から送ってきた招待状(結局病気のため出場を棄権)や走るはずだったマラソンコースの地図が貼付してあるのをみると、彼の悔しさ恨めしさがひしひしと伝わってくる。自分の病気に関しては、発病までの経過、カルテの写し、PET検査の所見、病気の解説、化学療法や自家骨髄幹細胞移植の治療方法、治療による検査成績の推移、などが事細かに叙述されている。同じ内科医として、これらのレポートや頚部エコーでのリンパ節腫脹の所見、胸部X線所見などは、膨大な症例報告を読むようなもので非常に勉強になった。さらに愛する家族のこと、ペットのこと、彼とかかわってきた患者さん達とのことなどを多くの写真やイラストを添えて述べてあり、多くの友人からの励ましのメールもそのまま生の形でたくさん転載してあった。これでもかこれでもかと自分をさらけ出したこの本は良くも悪くも教訓的であり、現代医学現場の縮図である。また医療に携わるものとしてできるだけ客観性を保とうとしながらも、一人の患者としての絶望と希望、一人の人間として人生を振り返ったときに本当に大事なもの愛すべきものは何であるのか、という彼の思いのすべてを注ぎ込んだ一冊である。
 ところで私は5、6歳年下のDr三村のことをそれほど知っているわけではない。出身大学や所属する医局が異なるし、専門もお互い内科ではあるが彼は糖尿病、私は肝臓病を柱として医療活動を行ってきた。勤務医時代も一緒に仕事をした間柄ではない。彼が私に著書を送ってくれたのは、医師会の「釣りクラブ」に所属していて、月例釣り会の後の昼食会に同席して数回懇談したことがあるからだと思う。家に持ち帰る釣果もなく悔しい思いをしながら飲む苦いビール(であることが多いの)だが、しばしばメンバーと話が弾んで楽しいひと時となる。メンバーの中には90歳、100歳の大先輩の先生がおられて、彼らはわれわれ若僧の釣りを横目で見ながら、ひょいひょいと次々に大物を釣り上げて、昼食会が大漁祝賀会となることもある。そんなある月例釣会で、Dr三村の印象に残るエピソードがある。鯛釣りに行ってまったく釣れなかったとき、彼が申し訳なさそうに、「船頭さんが釣った鯛をできたら自分にもらえないでしょうか」といわれたことがあった。同乗していたメンバーは誰も異を唱えるものはなく、Dr三村のものとなった。懇親会の席でそれとなく「あの鯛はなにかに使うのですか」と聞いたところ、「実は今晩娘がボーイフレンドを東京から自宅に連れてくることになっています。彼の歓迎のために釣れたての鯛の刺身を作ってあげようと思っていたのですが、思うように釣れなくて船頭の物をもらいました。本当は大鯛を釣り上げて自慢しながら食べさせるつもりだったのですが・・・」。このような話を聞いたことをよく覚えている。この人は本当に家族思いのやさしい人なのだと思った。私なんかは、どこの馬の骨ともわからない奴を娘が連れてくると聞いたら、一日中不機嫌で、蹴飛ばして追い出すことばかり考えていることだろう。
 彼ががんセンターに入院して、無菌隔離室に入る時持って行ったのが「朝倉内科学書」とのこと。その本を持っていった理由が、そこから出てきたときに再び内科医として通用するように勉強をしておきたかったからだという。このくだりを読んだとき、私の胸は一瞬ぐっと詰ってしまった。彼は覚悟して隔離室に入ったのだと思った。万一のとき自分の傍らに置いてある内科学の教科書を示して、自分の生きてきた道を家族や友人に示そうとしたのだろう。もし私が同じ立場だったら何を持っていくだろうと考えると、これが結構難しい問題である。無人島に持っていって無聊を慰める類のものとは違い、万が一のときはこの一冊で人間性すら評価されかねないものである。崖っぷちに立った人間しかこの一冊を決めることはできないというのが私の結論だった。最後まであれこれ考えさせられた本だった。
 彼が闘病生活を送っていることを人づてに聞いたのが1年前だった。最近は研究会に座長として元気に出席されていたり、釣りの月例会に参加はできないものの能古渡船場まで出港する船の見送りに来てくれたりしたこともあった。少しずつ活動を再開されていたので、全快もそこまで来ているなと思っていた矢先にこの著書を届けていただいた。すべてをさらけだして多くの人々の批判を仰ぐというのも「MIMURA STYLE」で、あのロゴマークのようにみんなと手を取り合って全快宣言をしてくれたのだろうと受け取っている。本当に暖かく心のこもった一冊に感謝したいと思っている。
                             (2010年5月26日 記)



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